2024/01/21 「もう何もしたくないという欲望」(『幸福の追求』初版)ほか試訳・研究

『幸福の追求 La poursuite du bonheur』は1991年にラ・ディフェランス社から刊行されたのち、1997年に合本Rester vivant, suivi de La poursuite du bonheur, Paris, Flammarionとして再出版された。その後も複数回ポケット版詩集や著作集に再収録されたが、詩集の構成自体は1991年度版と1997年度版以降では数カ所異なっている(また構成のみならず、詩句や句読点、修辞記号まで細かな改変があり、この細かな改変は1997年以降も多少なされている)。
 今回取り上げた「もう何もしたくないという欲望」前後の詩の配置は以下の通りである。

1991年版(初版)1997年版以降
忘却の長い糸忘却の長い糸
もう何もしたくないという欲望「クレシー・ラ・シャペルからの列車」
この男はたくさん読み、たくさん許した「外の世界」
鏡のなかの自分を見る勇気はもうない鏡のなかの自分を見る勇気はもうない
ぼくは夜が染み渡った街をゆくぼくは夜が染み渡った街をゆく
括弧なしは無題詩

「もう何もしたくないという欲望」は1997年版において、上記箇所の少し後で再録されているため、上表が示すのは①「もう何もしたくないという欲望」の位置が変わり、②「この男はたくさん読み、たくさん許した」が削除され、③1997年版以降では当該二詩篇に代わって「クレシー・ラ・シャペルからの列車」と「外の世界」が加筆された、という事実である。
 今回の研究会では上記の詩篇の連関について議論し、その内容的変化が⑴主体(Je)の前景化の強調、⑵詩における時間表現と、詩篇の連続性における相関関係、⑶形式的統一性(「クレシー・ラ・シャペルからの列車」「外の世界」は「もう何もしたくないという欲望」「この男はたくさん読み、たくさん許した」の二篇に比べ詩的形式が明瞭に見て取れる)に寄与しているという仮説が得られた。この他にもこの作家の手直しには興味深い点が多く(修辞的変更や、挿入された二詩篇がいずれも詩題を与えられている点など)、今後の研究課題である。


もう何もしたくないという、とりわけ何も感じたくないというこの欲望
黙りたい、そして離れたいというこの突然の欲求
あまりに静かな、リュクサンブール公園にて、
そこに生えたヤシの葉のしたで年老いていく老議員であること。

そしてもはや何も、子どもたちも、おもちゃの船も、とりわけ音楽でさえも
この失望し、ほとんど平穏な瞑想を乱すことはないだろう。
ことに愛も、怖れも。
ああ! 抱擁の記憶を一切持たないこと。


この男はたくさん読み、たくさん許してきた——
彼はもはやそれに価値を見出せない。
ぼくはきみが与えてくれた愛について再考する——
それは平穏に古びたのだった。

人が生きるのをやめる瞬間はいつでも訪れる——
ときに早く、ときに遅く。
人々はもはや本当には書物に情熱を抱こうとしていない
6時15分、ぼくはすでに酔っている
もう生きたくない
6時15分。

きみはなんとぼくを苦しめたことか、最愛の悲しき人よ!
あまりに多くの叫び、あまりに多くの涙・・・
ねえぼくは今、疲れすぎたよ
6時15分、自殺したい——
武器は買ってあるんだ。


鏡のなかの自分を見る勇気はもうない。
時々、ちょっと笑って表情を作ってみる──
長くは続かない。眉毛が嫌になる。
一角を抜いてやる──すると瘡蓋ができる。

夕方に向かいの隣人が帰宅するのが聞こえる──
胸が締め付けられ、動けなくなる。
僕は計算高い故に彼女と顔を合わせたことがない、
冷笑的な僕はしかし人前ではぎこちなくなってしまうから。

夜は静かに中庭に入り込む──
窓の奥で僕は植物に思いを馳せる。
愛を知ることができ本当に嬉しい、
僕は生き生きとしたもののために壊れたのだ。

昨日の夜明け、僕は写真を焼いた──
新しい喜びだった、本当に束の間のものだったにせよ。
ラジオを聞こうとすら思った──
音楽は不快で、会話は腹立たしいものだが。

僕はもうモノの沈黙に憤慨することはない、
モノはその中で生きるものにのみ語りかける──
人間存在たちがいる、顔色は満開のばらの色、
まるで赤ん坊のようだ。これが情動的空想の産物【フィクション】だ。


ぼくは夜が染み渡った街をゆく
そして朝を迎える可能性を見積もる
暑すぎる空気がサテンのシーツのようにまとわりつく
無人の階段にて、ぼくの靴底が鳴り響く。

ぼくは上がって、ありきたりなソファに戻る
そこで眠ることなく待つ、クッションに身をうずめて、
朝のおぼろげで、すこしくすんだ淡い光を、
朝、それは機械的な動作をふたたび目にする時——

うんざりした日中と痛くなる目、
三杯のコーヒーと動悸する心臓、
目覚めの悪い肌をひりつかせる
衣服、新聞の見出し、

地下鉄アンヴァリッド駅を行き交う人間ども
秘書どもの太もも、技術者どもの笑い声
犬の喧嘩みたくやつらが投げ交わす視線、
空虚を中心としてやつらは動き回る。