2024/02/11 「誰もに好かれた君のまなざし」「今際」(『幸福の追求』)読解、研究

●引き続き『幸福の追求』の初版からの変更点について、構成と修辞、テーマについて言及して議論を交わした。
まず以下がそれぞれの第二章構成詩篇である。

『幸福の追求』1991年版(初版)、第二章『幸福の追求』1997年版以降、第二章
その地から根こそがれた玉蜀黍その地から根こそがれた玉蜀黍
「冷たさの感覚」「冷たさの感覚」
偽りの悦びの午後偽りの悦びの午後
掃除された小物たち掃除された小物たち
どうして我々はけっしてどうして我々はけっして
よりどころなく生きることよりどころなく生きること
忘却の長い糸忘却の長い糸
もう何もしたくないという欲望「クレシー・ラ・シャペルからの列車」
この男はたくさん読み、たくさん許した「外の世界」
鏡のなかの自分鏡のなかの自分
ぼくは夜が染み渡った街をゆくぼくは夜が染み渡った街をゆく
「亀裂」「亀裂」
「癒し」「癒し」
陽の差す朝この何もしたくないという欲望
懐古できない「可能な行程の終焉」
緋色のルノー5陽の差す朝
早熟のコメディアン懐古できない
今夜ヴェニスを歩きながら早熟のコメディアン
いとしき君のまなざし今夜ヴェニスを歩きながら
「今際」いとしき君のまなざし
「今際」
括弧なしは無題詩

上記表から、二章では「忘却の長い糸」以降から構成上の改変がなされていることがわかる。その操作は⑴有題詩3篇(「クレシー・ラ・シャペルからの列車」「外の世界」「可能な行程の終焉」)の挿入、⑵初版における無題詩2編(「この男はたくさん読み、たくさん許した」「緋色のルノー5」)の削除及び、初版における他の無題詩の位置の変更、である。

こうした改変作業の理由は興味深く、研究会では前回に引き続き二章の主題、時間表現といった観点から議論した。
議論の中で重要に思われたのが、改変がなされなかった箇所についてである。二章冒頭と末尾は構成上はほとんど改変されておらず、また改変が多い箇所でも、いくつかの詩篇(たとえば「鏡の中の自分」から「癒し」までの数篇)の結びつきは保持されている。校正作業の検証において、変更された箇所ばかりに目を向けるべきではなく、変更されなかった箇所を注視することもまた重要であるだろう。畢竟、この問題(構成の改変)に関する研究は、一方では詩篇の(詩人による評価としての)優劣の問題系として、ウエルベック自身の手によるアンソロジー詩集 Non reconcilié (2014)も含めて考察されねばならないし、他方では、研究会でたびたび触れてきた修辞的変更(修辞記号だけではなく、たとえば以下に付す「いとしき君のまなざし」では初版から数語の書き直しが行われている)との関係、すなわち構成的変更と修辞的変更が軌を一にしているか否かという問題を熟慮しながら、進めていかねばならない。


緋色のルノー5に乗って、
きみは映画館から帰ってくるのだった。
ぼくのこころが、ぼくのこころが、ぼくのこころが破裂する——
ぼくに女がいたことはなかった。

ぼくは鏡に映る自分を憎んでいた
毎晩土曜日、15のとき。
なんとか顔を取り繕おうとしていた、
自分を違うように見せていた。

その間、男から男へと、
きみのこころは愛をすり減らしていた。
ディスコをあとにするたび、
きみは幸福の存在を疑うのだった。

ぼくたちは出会うのがあまりに遅すぎた、
愛し合うには若くあらねばならないのだ。
きみの過去がきみの眼差しに生きていて、
ぼくはもう我慢がならない。


いとしき君のまなざしが、僕をあの空間へと導いた
君の瞳はあまりに優しくて、僕はもう恐れることがなかった
流れのなかでも氷の結晶のなかでも、
喜びの甘美な波が僕の胸を高鳴らせた。

危険のただなか僕の魂は平静だった
人間は苦しめあう、溢れんばかりの邪険と憎悪
我々は恐ろしい残虐な瞬間を生きていた
そして世界は新たな言葉を待望していた。

愛しき人、君のまなざしが僕を群衆へ導いた
僕はもう冷笑主義者たちに立ち向かうことを恐れなかった
だが時には、鳥肌が立つこともあった、
悪は電気ショックのように伝播していた。

そういう時に僕は電話をかけ、君に言ったものだ、「愛してる」と。
君は僕に請け合った、いつかそうなるかもねと
死の瀬戸際、傲慢と冒涜の言葉のただなかで
もし僕らが愛しあえたなら、愛は救われただろうに。

そしてあの夜が来た、ごくありふれた夜が
太陽は輝きながら、闇のあいだに滑り込んでいった
両膝は挫かれ、僕は地面に崩れ落ちた
その接吻は冷たかった、そっけなく、陰気なものだった。

僕はすぐに立ち直った
君の瞳には、誰も愛してないと書かれていた
君は人生へと滑らかに足を運んでいた、君は世界に戻って行った、
死に縛りつけられた、乾いた強固な混沌へと。

僕は見た、巨大な岩石が空で割れるのを、
僕は見た、長き流れが身を捩り、力を失うのを、
僕は見た、物質世界の巨大な蛇が
君のなかで最後の優しきまなざしを窒息死させたのを

我々の愛が壊れるさまは、まるで家屋が崩れるかのようだった、
その壁を立て直すために誰かが来ることはけっしてないだろう
瓦礫のなかの子供たちの叫びが
亡霊たちとそのうろんな囁きを呼び覚ますことはけっしてないだろう

夜明けが来た。僕はひとりだった。東の方には、厚い雲が
柔らかく身を捩り、雷雨の訪れを予告していた。
僕は長いこと待った後で、身を起こした──
僕は震える両手で花々を引き抜いた──
とても遠くに、わかっていたことだが、破壊の原理が
再編成されているところだった。僕は恐怖のなか歩いた。


今際

困難な日々や時期が訪れるだろう
それに、乗り越えられないような苦しい夜が
そんなとき両腕を机に投げ出し無駄に泣くのだ
ぶら下がった生にはもう一本の糸しか残されていないのだ——
愛しき人よ、きみが街を歩いている気がする。

手紙を書いては引き裂くのだろう
疲れた友たちは好機を逃すだろう
何にもならない旅行をして、空虚な移動をするのだろう
灼熱の陽のもとで身動きせずに過ごす時間があるだろう、
恐怖が言葉なくぼくを追いかけるだろう

ぼくに近づき、ぼくを真正面から見据える恐怖
その笑みは美しく、その歩みはゆっくりだが執拗で
思い出はその水晶のような瞳のなかに
ぼくの未来はその金属的な手のなかに
恐怖が暈のように世界に降りてくる。

死があるだろう、ねえ、愛しき人よ
不幸になり臨終の時を迎えるのだろう
決して何も忘れ去られず、言葉と顔が
楽しげに漂って最後の岸にたどり着く
後悔するだろう、それからとても重たい眠りが。