2024/02/22 「生を渇望する人々よ」他詩篇(『幸福の追求』)読解

試訳

生を渇望する人々よ、
汝の創造主を知れ。
私は無知蒙昧の闇のなか
鼓動するは、我が心臓。


彼らの子供たちの写真、
この無条件の愛情。
だが、いつの日か、死ぬは必然──
我らは天で再会するだろう。


ありえるだろうか、死の向こう側で
誰かがありのままの僕たちを愛し、待っているだなんて?
凍えるほどの吹雪の波が私の体を襲う──
人間たちと再会するには鍵が必要なのだ。

ありえるだろうか、人間は時に助け合い
13歳を過ぎても幸せになれるというのは?
孤独な連中のなかには、救いようがないように思える奴もいる──
僕は愛について語りはするが、もうそれを本当には信じていない。

街の中心で夜が輪郭を明らかにするころ
僕は狭いアパートを出る、憐れみを媚びるような目つきで──
どこの通りでも動産たる金貨幣が行き来している
誰も僕を見ない、僕は不在の人間なのだ。

その後、僕は電話機の近くにうずくまった
番号をダイヤルするが、通じた瞬間に電話を切る。
蓄音機の背後に隠れた人影──
彼女は暗闇の中で微笑む、彼女には時間がいくらでもあるからだ。


非物質的なものたち

隙間を埋める神の微細な存在が
消失した。
我々はいま人気のない空間を漂う
そして我々の体は素っ裸である。

ショッピングセンターに面した
凍えるような郊外の駐車場で漂っている
我々はしなやかな動きで上半身を
土曜の朝の夫婦たちの方へと向ける
子供の世話に骨を折る彼ら、
子供たちは叫びながらグレンダイザーのイラストを奪い合う。


無数の怪物的な人間が混ざり合って
道という道を動き回っていた。空は邪悪だった。
ぼくは絶えず緑の濃淡を見つけていた。
ぼくのまえに三匹のプードル、自らの影につきまとわれ。

ぼくはおまえについて考えたい、アルトゥール・ショーペンハウアーよ、
ぼくはおまえが好きで窓ガラスの反射をのぞき込む、
世界は袋小路でぼくは老いた道化師だ、
寒い。とても寒い。さらば地球。

結局ひとは家に帰るものだ——
その言葉は皮肉で、きみたちがまったく正しい。
住民の全員を知っているわけではないのは本当で、
看護師がひとりと公務員が数人いる。

彼らには友達がたくさんいる、少なくともぼくにはそう思える——
ぼくは四方の壁に近づく、ぼくは何かに穴を開けたのだった。
彼らはゴリラの群れと同じ音を立てる——
ぼくはすこし目を閉じて、すると鉄柵が見える。

毎朝八時ごろにぼくは教会のまえを通る、
23番バスには死にかけの老人が数名
同じ日がまもなく静止する——
教会の意義が疑われうる。


『幸福の追求』3部冒頭
・引き続き目を引く死の主題
・宗教的導入詩篇
・詩篇同士の結びつきについて(冒頭二詩篇は形式的に呼応しており、対応関係を見出せる)
・Les immatériauxとリオタールの展示との関係(cf: https://www.centrepompidou.fr/fr/collection/films-et-nouveaux-medias/les-immateriaux)
・2部同様の、以降の詩篇の改変(順序、削除など)→次回の課題