2024/04/30 「逗留施設」ほか(『闘いの意味』『幸福の追求』)読解

試訳

逗留施設

詩人とは自ら油まみれになる者
救命隊員たちの御用になる前にだ
昨日の午後の世界は穏やかだった、
喜びに満ちた椰子の間を微風がそよぎ

この空間と向こうの世界に僕は同時に存在していた、
僕は南と他の三方向を知っていた
痩せ衰えた空に線が描かれ、
想像したのは飛行機の中に座った重役たち

そして彼らの太腿の体毛、僕のにそっくりだ
それから彼らの道徳観、さらに彼らのヒンドゥー教徒の愛人たち
詩人とは、ほとんど我々と見分けがつかない、
犬たちと一緒に尻尾を振る者。

僕は三年をプールサイドで過ごすことになるだろう
逗留者たちの体をさして見分けるでもなく、
群れをなす肉体が僕の網膜を横切るが
僕の生々しい欲望をいささかも目覚めさせることなく。


・「逗留施設」は『幸福の追求』の5年後に発表された詩集『闘いの意味 Le Sens du combat』(1996)に収められた一篇。1997年に出版された『幸福の追求』新版に、次に見る「逗留施設2」が新たに収録されているため、これら二篇の関係を考えるため今回詩集を飛び越えて参照した。


逗留施設2

太陽が巡りし水面【みなも】
はプールサイドに挟まれ。
月曜の朝、欲望の新顔たち──
小便臭さが空気を漂い。

児童施設のすぐ隣、
頭落とされたぬいぐるみ
意気消沈したチュニジア老人
歯を覗かせながら神を冒涜。

僕は二週間申し込んだ
恋愛コースに、
毎夜は長いトンネルで
僕は憎しみに塗れて這い出たものだ。

月曜の朝、生活が始まる──
取るに足らない灰皿が
僕の行動範囲を限定する
共生を促す地帯の真ん中での。


恩寵の代わりの愚鈍の中で
動かない芝生が広がる様子が、
青みがかった建物たちが、不毛な快楽と呼べるものたちが見える。
私はあの傷ついた犬であり、あの上辺だけの技術者

そして、あの死んだ子供を支えるブイであり、
あの太陽に焼けたひび割れた靴
私はあの暗い星、あの目覚めの瞬間
私は今この瞬間であり、私はあの北風である。

すべてが起こり、すべてがそこにあり、そしてすべてが現象である
あらゆる出来事も正当化されたようには思えない、
浄化された心に至らなければならない──
そして白い幕が降り舞台を覆う。


その道

空が四つに、鉄塔によって引き裂かれていて、
少しばかりの街灯がその道に身を傾ぎ
ぼくは女たちを眺め、その全員に欲情していた、
女たちの唇が開き多角形が生じていた。

ぼくが十分な辛抱強さを獲得することは決してないだろう
永遠に愛されていると自覚している者の持つ辛抱強さを
ぼくの辿る道は短く、さまようような過酷なものとなるだろう、
そして快楽とも無関心とも無縁だろう。

夜の植物がガラス窓をよじ登っていた
そしてその女たちは南国風のバーの近くで滑っていた——
夜毎のトンネルにおいて希望は凶暴なもの、
女たちの性器は光で溢れている。


・前回の読書会で読んだ「〔イヴリーヌ県のとある駅〕」から今回の「その道」まではすべてが新版で新しく追加された詩篇。