2024/07/26 「(ひとは苦痛と快楽でうめく)」ほか(『闘争の意味』)読解

試訳

ひとは苦痛と快楽でうめく、
叫びもまた総合されたもの。
結局大切なのは眠らないこと——
ときに罵り、ときにヤる。

実をいうと、前から分かっていたことだけど、ぼくはきみほど丈夫でなかった——最近の出来事がそのことを完璧に証明している。結局、きみのいちばん普通なところは、やっぱりその笑いなんだ。それは、きみの下劣な役割に背く最後の特徴。哀れな間抜けめ。

当然、ぼくらは愛することができない
三度目の中絶のあとに
きみの姉がその娘に書いたようには。
それはなにか一種の秘密のようなもの
失われてしまった。だけど、太陽は輝き
司教たちの歯は抜ける。

数週間前からぼくは確信しているのだが、経験というものは人間存在を豊かにするのではなく、その価値を減じさせるものである——より正確にいえば、破壊するものだ。人々は反省し、バランスをとる——当然それはゼロに近づく、しかも急速に。結局、ぼくが地上の営みでもっとも成功できたことは何も学べなかったということになるだろう、どんなときにも、人生について。


人間の顔が、耐え難いほどはっきりと、枝の奥底にくっきり見えていた(人類よ、ぼくらは人類を嗅ぎ分けているのだ。そうぼくらは、こんがらがった空間の中心に人類を位置付けている)。

もしぼくらに人類の【構造全体 : ゲシュタルト】を見分けられるなら
はっきりいって好ましくない環境で、
もしぼくらが自分たちの手でその輪郭を定められるなら
似ているものが似ているものだと分かるように。

なにゆえの孤独なのか? なにゆえの制圧か?
どうして胸に不安の爬虫類が這うのか?
真夜中、歯の間から舌が見え、
ぼくはバクテリアが体内で成長するのを感じる。

似ているものと違うもの、ぼくらの体に胚がはびこっている。差異と相似、この胚には腐敗が包まれ、絶望が含まれている。こうした腐敗や絶望が、それでも、現実の真髄をなすのだ。


僕は自然にあまりに長い時間のあいだ接することにけっして耐えられなかった
そこは雑然としすぎ、蠢く動物が多すぎる
僕は蒼穹に建造された城塞を好む
望むのは永遠、あるいは少なくともその前提。

松林の土を注意深く調べると、小枝の間に深い不調和があることがわかる。この不調和が世界の創造者であり、昆虫たちの運命を生み出すものだ。昆虫たちはすれ違いながら、それぞれの不確かな生存を心配する。彼らの社会生活は限られているようだ。

僕はヨハン・セバスティアン・バッハのカンタータをけっして受け入れることができなかった、
そこに打ち立てられた静寂と騒音の区分は完璧すぎる
僕に必要なのは呻き声だ、破壊的な溶岩だ、攻撃的な雰囲気だ、
それによって夜の静寂を引き裂くことができるだろう。

僕たちの世代が発見したらしい秘密とは、完璧な律動が奏でる音楽の、すなわち完璧に退屈な音楽の秘密だ。音楽と人生の間には、一歩の距離しかない。誰からも報酬をもらわず、人類のために、僕は一本また一本と抒情詩【リリック】の燐寸を擦り続ける。幸いにも、エイズはまだ眠りについていない。


今回扱った詩篇はすべて韻文で書かれたストローフと散文で書かれたストローフを組み合わせたものだった。このような詩型がウエルベック独自のものなのか、何か参照項が存在するのか、調査をしていきたい。