試訳
愛、愛
ポルノ映画館で、年金生活者たちが息絶え絶えに
あり得ないと思いつつもじっと見つめていた
下手に撮られた扇情的な二組の情事——
ストーリーはなかった。
ここには、とぼくは独りごつ。愛の姿が、
ほんものの姿がある、と。
魅惑的なひとたちがいて、常に誘惑している一方、
その他は幕にへばりついている。
運命もなければ誠実さもない、
あるのは引きつけ合う肉体だ。
いかなる愛着もなく、なんてったって同情もなしに、
ひとは演じ、ひとは引き裂く。
魅惑的で、ゆえに愛されるひとたちがいる——
絶頂を経験するだろうひとたち。
だけどそれ以外のひとたちはたいていうんざりしていて隠すものなど何もなく、
幻想さえ抱かなくなった——
孤独だけがある、それを募らせるは
女どものふしだらな悦び——
確信だけがある。「おれ向けじゃない」、
暗く些細な惨劇。
彼らは死ぬだろうそれは確かだすこし白けて、
抒情的な夢想もなく——
彼らは徹底的に自己嫌悪するだろう、
それは機械的になされるだろう。
ぼくは訴えかける、決して愛されなかったすべてのひとたちに、
好かれることのできなかったすべてのひとたちに——
ぼくは訴えかける、解放された性愛、
ありふれた快楽に参加できない者たちに。
何も恐れるな、友よ、あなた方の喪失は些細なものだ。
愛はどこにも存在しないのだから。
あるのは、あなたたちを被害者にする残酷なゲームだけ、
専門家たちのゲーム。
・タイトルに「愛」を連続させているのは、二種類の愛があるということか。真実の愛とゲームでしかない愛、あるいはスクリーン内(得る者)とスクリーン外(得られない者)の対比。
・年金生活者たちは、ポルノ映画の演者たちだけでなく、若者一般とも対比されているのではないか。
・スクリーンに映される情事は手に入らないものだが、その情事はゲームでしかなく、そもそも愛はもはや存在しない。
・幻想や誘惑にうんざりした人々の姿は「混乱へのアプローチ」で分析されている状況と似ている。
・愛は存在しないから恐れるな、という表現は、『生きてあり続けること』の「幸福を怖がるな、それは存在しないのだから」という文言と似ている。
・「ゲーム」と訳した« jeu »は、「演技」と考えてもいいかもしれない。