試訳
丘がなだらかに連なっている——
遠くで、一台のトラクターのうなり。
ぼろ家で火が起こった——
人生とはひょっとすると何かの間違い。
私はどんどん耐えがたくなる
サンダルを履いて笑う
この生き物たちに囲まれて、
やつらはしょぼくれた機械仕掛け。
人生はなんとまあ
田舎の家族に決められていることか!
弱められた存在、
干からびてつまらぬものとなった喜び。
よく手入れされたキッチン——
ああ! 料理にこんなに取り憑かれて!
中身のない薄い発言——
近所の女の言うようなこと。
・田舎に対する嫌悪感。
・ぼろ家に火が起こったとはどういうことか? 放火?
・人生が間違いであるとはどういうことか? 第一連の前半で、おだやかに連なる丘に、場違いに聞こえてくるトラクターのモーター音。それと同じように、場違いなものとしての(語り手の)人生?
・田舎の人間をorganismes(生き物たち)mécanismes(機械仕掛け)と形容する一方で、(語り手の)人生もまたorganisée(決められた)ものである? 田舎の人たちが嫌いだが、自分もその一人だということか?
この白い家々の向こうに
別世界がある
私のなかの何かが作動する、
私には別世界が必要だ。
HLMが存在している、
自意識が肥大して痛む
愛のある世界がいるだろう、
浸かる大海がいるだろう
それは郊外の住人がくつろぐ
作られたばかりのプールではない——
廃墟と化したディスコで、
数人の輩が手足を伸ばして興奮している。
私のなかの何かにひびが入る、
私は喜びを感じる必要がある
人間と自然を受け入れることに、
できない。寒い。
・「私のなかの何か」はウエルベックのデビュー連作詩のタイトル。この詩においては、別世界を求める気持ちではないか。
・「作られたばかりのプール」と訳した« embryons de piscines »は何のことか分からず。妊婦がプールでぷかぷか浮くことをこのようにも言うらしいが……
・最終連では、郊外から抜け出したいという気持ちにひびが入り、(これまでの詩において)敵対してきた人間や自然を受け入れるしかない、しかしそれができないということが書かれていると読んだ。
いまは21時、暗くなる時間だ。
僕はもう叫べない、もう力が残っていない
小雨が降り、休暇【ヴァカンス】が始まる
すべてがどうでも良いことなんだと僕は想像しようとする。
何十回も電話を手に取る
もう何も言うことはないけれど、聞くことはできる、
人々の生活を追いかけること、それに関心を持つことも、
何十回電話を手に取っても、しかし僕に掛ける相手は見つからない。
スライスされたパンとチーズを買った、
これで右目を潰さないですむ
食べ物を消化する腹が音を立てる、今日は日曜日だと思う、
幸いにも天気はほどよく寒い。
誰か僕を愛する人が、地球上であれ星々の間であれいてくれるなら、
いま僕になにかちいさな合図をくれるはずだ
僕は破綻の前触れが山積しているのを感じている、
腕の上のカミソリがまっすぐな線を描く。
