試訳
絶対的同一性の肉体
エルサレム神殿はモグラの巣穴のようだ——
開口部が数多あり、
肉体にとって入り込みがたい回廊がある——
しかし、その中心はがらんどう。
天のエルサレムはこの世に存在する、
幾人の女性の瞳のなかに——
調和の生まれる時がある、受信機が同期するように、
それから互いの視線が刺さり合い、映し合う、限りなく救いたまう何かのなかで
それは<他>であり<一>である、
空間と定点である。
時を無視して、進み続け、ぼくらは同一なものの王国へと入る。
神殿の中心に白壁に囲まれ天井の低い部屋がひとつある——
その部屋は中心に祭壇をひとつ備えている。
ここにたどり着いた者たちはまずこの場から発される虚ろで静かな雰囲気に驚く——
なぜこの祭壇には何も置かれていないのだ? これで神が顕現するものだろうか?
幾日の果て、つまりは幾夜を眠らず瞑想して過ごした果てにようやく
その空間の中心にひとつの太陽に似た何かが現れ、形をなす、
その何かの周りで空間が互いに結びつき、同時にその繋がりによって形成される、
それはひとつの中心点、その周囲で世界が形作られ、ある並外れたトポロジー的絡み合いのなかで明確になる、
その点を長く見つめ続けることで魂は絶対に同一なものへと跳躍する。
この点の名はいかなる言語にも存在しない——だがそこから発されている喜び、光、そして善。
・二連目のみ仲間はずれであるような印象を受ける(唯一「ぼくらnous」が出てくる)。他方で、それ以外の連において詩の語り手がどのような存在でどのような位置から語っているのかが不明瞭。ウエルベックの詩によく見られる観察者的視点を感じもする。
・一連目では神殿を外から見ており、三連目以降でその中へと入っていくという移動が存在する。
・三連目と四連目がなぜ分たれているのか。三連目と四連目がそれぞれ「空間」であり、それらが結びつき詩という空間が形成されるということだろうか。
