2024/07/05 「アヴロン通りの分化」ほか(『闘争の意味』)読解

試訳

アヴロン通りの分化

君の人生の残骸が広げられたテーブル。
半分残った鼻紙、
少しの絶望と合鍵──
思い出すのは並はずれていた君の性的魅力。

日曜日に少しぬめった覆いを掲げる
揚げ芋屋と黒人向けのビストロ──
少しのあいだ僕らは歩いた、ほとんど陽気に、
そして家に帰ると誰にも会わず

何時間も見つめ合った──
君は裸になった 洗面台の前で
顔に皺が寄っていたけれど体は美しいままで
君は僕にこう言った。「私を見て。ありのままの私、

両腕は体にしっかりついてて、死は
兄みたいに私の目を惹きつけない、
あなたは祈りの意味を教えてくれた、
私を見て、しっかりと。あなたの目で私の身体をじっくりと」


澄んだ空気

誰かが言っている。「何が起こってるか横目で見てごらんよ。この動いている機械全体の、なんと美しいこと! こうした抑制に幻想、欲望のすべては、それぞれに固有の歴史へ反映されている。誘惑に関するこの技術すべて。なんという美しさ!」
なんてこった、ぼくがずっと前から、情熱的に愛しているのは、もう何もかもが機能していないこの時間。グローバルシステムが噛み合わないこの状態、こいつは瞬間よりも予感の前触れで、否定されてはいるものの永遠を垣間見させてくれる。過ぎてゆく、人類の叡智が。

これほど例外的な前提に基づき生の倫理を築き上げるのは難しい、それはわかっている。だがぼくらはそこにいる、まさしく、困難な状況にあるという理由で。ぼくらが今おかれている生活とは、カリフォルニアの卓状台地か、空中でばらばらになり眩暈がするような高原の上にいるかのようなものだ。隣の人は最も近くでも数百メートルのところにいる、澄んだ空気ではまだ眼で見えている(再び結びつくことは不可能だということが誰の表情からも読み取れる)。ぼくらが今オペラの猿のように暮らしている、こいつらはがなりながらテンポよく動き回っている。すぐ上では、あるメロディーが奏でられている。


小話

小話だ、当然……人類すべてが似通っている。あたらしい小話を並べ立てて何になる? 小説の役に立たなさ。いまや模範的な死などない——太陽がないのだ。我々にはかつてない隠喩が必要だ——地下駐車場の存在を内包する宗教的な何かが。もちろんそんなものは不可能だと気付いている。そもそも多くのことが不可能である。個性の本質は失敗だ。自我の認識は失敗の感覚を製造する機械だ。罪の意識は興味深い道を提示するように思える、天気が良ければの話だが。展開させることはほぼ不可能だ。ともかく、知的でかつてない。偉大なる客観性。