2024/10/21 「(かつて、とはいえ遥か昔に、こんな生物がいた)」ほか(『闘争の意味』)読解

試訳

かつて、とはいえ遥か昔に、こんな生物がいた
彼らはオオカミから逃れるために円を作り
互いの温もりを感じるために寄り添った──彼らは消え去る運命にあり、
その姿は私たちに似ていた。

私たちは集い、最後の言葉が消えゆく、
海は消え去った
最後に数組の恋人たちが抱擁を交わし、
風景は丸裸になる。

私たちの身体の上に電波が飛び交い、
それは世界を巡る。
私たちの心はほとんど冷たくなり、死が訪れなければならない、
甘く深い死が。
やがて人類は世界の外へと逃げ去るだろう。

そして機械たちの対話が始まり、
情報とでも呼べるものが勝ち誇って満ちるだろう、
神にまつわる構造の空虚な死骸に。
それは時の終わりまで機能し続けることだろう。


ぼくはノートを見返した、目に留まるのはいくつかのこと
微分と軟体生物の生についての
断片的な言葉で書かれた——散文的な長い文は
エトルリアの陶器と同じくらいほとんど無意味だ。

ぼくはあの駅と凍える月曜日を思い出した
いつも7時の電車に間に合わなかった——
ぼくはホームを歩きながら、息を吐くのを楽しんでいた
胸から出る熱い空気。寒かった、怖かった。

ぼくらは知識に熱中した世界に到着し、
存在するものすべては存在する権利を有する
ぼくらの現前に。ぼくらは皆がそれぞれチャンスを持っていると思っている、
がしかし土曜の晩には生きなければ、闘わなければならない
そしてすでにぼくらは幼年期の付近から立ち去っている。

ぼくらは客観的まなざしから無垢さを捨て去り、
ものはそれぞれ定められるべき値段を持つ
人間関係はその動機を絡まり合わせる
関わるほどに、囚われてゆく——
微かな光が消えてゆく。幼年期は終わった。


私はここから離れるつもりはない
辺りの草むらは池の表面を半ば覆っている。
時刻はほぼ正午──この瞬間の意識が
素晴らしい光で空間を包んでいる。

ここで私は他の人々と共に生きるつもりだ
私同様に時の網に囲まれた彼らと。
シャンティ・シャ・ナラヤ。オム・マニ・パドメ・オム、
光は必然的に衰えていく。

夕暮れは安定し、水面は静止している──
永遠の精神よ、池の上を漂いに来てくれ。
もう失うものは何もない、私は一人だ、にもかかわらず、
一日の終わりは私に微妙な傷を与える。


灰色の家

電車は外の世界を進んでいて、
オレンジ色の座席に座ったぼくはとても孤独を感じていた
金網が、家が、花があって
電車が奇妙な空気をやさしく押し分けていた。

家々のただなかに牧草地がいくつかあって
ぼく以外はすべて正常に見えた
ぼくがよろこびを失ったのはだいぶ前のこと
ぼくは沈黙に生きて、それは広い浜辺を滑りゆく。

空はまだ明るくて、すでに地上は暗い——
ぼくのなかにある裂け目が目覚めて大きくなる
バス=ノルマンディー地方に降りゆくこの晩は
終わりの、総決算の、数の香りがしている。