2025/09/27 「17-23」他(『ルネサンス』)読解

試訳

17–23

流石の手際さ、パトリック・アラリが女の子たちを
僕らのコンパートメントに誘い込むその手腕。
僕らは十七、十八歳だった。
彼女たちを思い出せば、目に浮かぶのは光輝くその瞳。

一方いまでは他人に、誰か他の人間に声をかけること自体が
もはやひと仕事、拷問ってやつだ
(travailとgêneって言葉が古い手紙において持っていた、最も強い意味で)。

光の孤独
山の窪みの。
そして寒さが広がり
両瞼を閉じる。

死の日が来るまで、
ずっとこうなのだろうか?
老いた体もなお激しく欲望している
真夜中に

夜にひとりきりの体、
愛情に飢えた、
押しつぶされそうな体はその内に 胸を引き裂くような青春が再び芽生えるのを感じる。

肉体的疲労にもかかわらず、
昨日の歩行にもかかわらず
「グルメな」食事にもかかわらず、
数リットルのビールにもかかわらず

強張り、愛撫と微笑みに飢えた体が、
震え続けるのは朝の光の中
永遠の、奇跡のような朝の光の中
それは山々の上。

少々の寒気、タイムの香り──
この山々は幸福を招き寄せる
視線は留まり、さらに遠くへと向かう:
僕は恐怖を追い払おうと努める。

すべての悪は自我から来るのだ
そして自我は内側から生じる
澄んだ空気の下には、喜びがある
だが皮膚の下には、恐怖がある。

この景色の真ん中で
中程度の山々に取り囲まれ
僕は次第に勇気を取り戻す
心の開放に至る
もはや手は縛られていない、
僕は幸福への準備ができている。


徐々に、明るい青空が
薄暗い青に変わってゆく
そしてきみの目は相変わらず緑で、
きみの目は世界の鏡だ。

ぼくは繰り返す、完璧な瞬間はあるのだ。それは単に世界の卑しさが消失することだけではない——愛したり家事をしたり子を洗ったりするときのとても単純な動きのなかにある無言の相互理解だけでもない。それはこの相互理解がずっと続くんだろうなと考えること——ずっと続くことにいかなるものも、当然、反対しないと考えること。それは調和し限定された動きについて、新しい組織体が生まれたと考えること——ぼくたちは、今すぐ、そのなかで生きていくことができる。

夜がふたたび、陽の終わり
不可避の松林にて
そしてきみの目は相変わらず似ていて、
一日は完全で安定している。